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<title>生きていることを楽しんで</title>
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<description>生きているだけで幸せなクーヒナのブログ</description>
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<title>個別の事情と普遍的なこと</title>
<description> 私は、多くの経験をしてきた。単に不登校の親で、発達障害に関わっているだけの人間ではない。摂食障害になり、うつ病になり、離婚騒動もあり、子供を乳児院に預けたらという人まで現れた。私は、あらゆるセッションやカウンセリングやワークショップに通った。そして、自ら立ち直った。向精神薬も全く手放してしまったし、子供のために児童精神科に行く必要もなくなった。私は、自分を育てなおした。親が育ててくれなかった部分を
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<![CDATA[ 私は、多くの経験をしてきた。<br />単に不登校の親で、発達障害に関わっているだけの人間ではない。<br />摂食障害になり、うつ病になり、離婚騒動もあり、子供を乳児院に預けたらという人まで現れた。<br />私は、あらゆるセッションやカウンセリングやワークショップに通った。<br />そして、自ら立ち直った。<br />向精神薬も全く手放してしまったし、子供のために児童精神科に行く必要もなくなった。<br /><br />私は、自分を育てなおした。<br />親が育ててくれなかった部分を補修し、自己治癒力を使って、自分を育てた。<br />すると、子供のこともよーくわかるようになってしまった。<br /><br />今、誰よりも楽しく生きている。<br />子供たちはのびのびと育ち、確かな手ごたえを感じている。<br /><br />単に「今、なんとなくうまくいっている」のではない。<br />このままでOKという安心感と信頼感が満ちているのだ。<br /><br />＊＊＊＊＊<br /><br />去年のことだったか。<br />臨床心理士の勉強をしている人が、私の忠告に対して<br />「あなたの経験だけでしょ。そんなの聞けない」と言った。<br />学校で学んだ教科書と教授の言うことがすべてであって<br />私が経験から得た貴重な忠告は「取るに足らない」と判断したようだった。<br />もったいないことだと思った。<br />しばらくして、彼女がやろうとしていた企画は倒れ<br />「親の気持ちをわかってくれない」と彼女を批判する人まで現れた。<br />つまり、経験という大事な宝物を「たいしたことない」と決め付けて<br />捨てたからだ。<br />彼女は結局、わたしを信用しなかった。<br />わたしの経験を、大学の教授と比べて、見下げたのだった。<br />だから、実際に大変な子供を育てている親からブーイングが出たのだ。<br />でも、気付かなかったなあ、最後まで。<br /><br />＊＊＊＊＊<br /><br />私は今、とても幸せだ。<br />今だけの幸せではないし、環境が整ったからの幸せでもない。<br />子供がどうあろうが、夫がどうあろうが、幸せを感じることができる自分になったから。<br />すると、不思議なことに、子育てもうまくまわりだすし<br />夫とも関係がよくなった。<br /><br />この経験はなんだろう。<br />「あなたがうまくいったからって、誰でもそうなるとは限らないでしょ」という意見は<br />私には当てはまらない。<br /><br />そういう話ではない。<br /><br />私は、すべての人を、すべての子育てをうまくいかせる義務はないし責任もない。<br />子育てしている親の気持ちひとつである。<br />もし、私のやり方をまねしてみて、うまくいったらラッキーだと思わない？と思っているだけである。<br /><br />いつも子育てに愚痴や不満を並べているぐらいなら<br />もうちょっと自分の生き方を見直してみようと提案しているだけである。<br /><br />個別の事情だから、うちには当てはまらないとおもうなら、それでいい。<br />当てはまるものを見つければいいことだ。<br />でも、私は、自分の経験で得た普遍的なことを、伝えていこうと思っている。<br />ただ、普遍的なことってわかりにくいから<br />私が経験した個別の事例を使って、わかりやすく説明しようと思っている。<br /><br />生活の中の具体的なコトのほうが、絶対にまねしやすいし、理解しやすいと思うから。<br /><br />私の言葉が厳しいとすれば<br />それは、文句を言うだけで自分を振り返らない「甘い」生き方を、私はしていないから。<br />だから、厳しく聞こえるのは当然だと思う。<br /><br />子育ての表面を捉えて「うちはうまくいってる」なんて一度も思ったことがないので<br />そう思う人の気持ちはよくわからない。<br />なぜなら、（これも個別の事情なんだろうが）私は一流大学を出たが、私の親が子育てがうまかったなどと思ったことがないからだ。彼らは子育てが下手だった。<br />親として「うまくいっている」と勝手に思い込んだらしいが、私には関係なかったし、一流大学に行っていて幸せだったことなどなかったし。<br />今、長男が高校に行っている。高校に受かったことを「うまくいった」とは思っていない。<br />高校で今、楽しく生活していることが「うまくいっている」のだなあと思う。<br />もし、受験に失敗しても、楽しく生きていたら「失敗してよかった。うまくいっている」と私は思うだろう。<br /><br />そして、うまくいくようにいつも私自身努力している。<br /><br />おそらく「うまくいく」の定義が、普通の親御さんたちとは違うんだろう。<br />他人から見て「うまくいっていない」不登校の状態でも、私は「うまくいってるぞ、しめしめ」って思ってたもの。<br /><br />私は、子供が生きているだけで幸せだし、笑ってご飯を食べてくれていたら最高だ。<br />ちょっと鬱っぽくなろうが、子どもにアレルギーが出ようが、学校に行けなくなろうが。<br />で、子供の将来を心配したこともない。<br />でも、うまくいくんです、なぜか。<br />この状況になるヒントは、いくらでも話していきたい。<br />でも、受け取るか受け取らないかは、みんなの自由だから。<br /><br />一度コツさえ掴めば、子育てで悩むことはないんだけど・・・。<br />悩みを悩みだと思わなくなるって言うか・・・。<br />知識で得たことじゃなくて、体感したことだからこそ、自信を持ってお勧めしているんだけどな。<br /><br />＊＊＊＊＊<br /><br />知識が大好きな人、資格がある人のいうことだけを信用する人には<br />私は合わないだろう。<br />それでいい。<br />知識でがんばって子育てしていただければいいだけのこと。<br />資格のある人に頼ればいいだけのこと。<br /><br />ただ、悩んでいる人に的外れのアドバイスをしているかどうかは<br />すぐにわかる（なぜだか説明不可能だけど）ので、<br />間違っていると思ったら間違っているという。<br />困っている人がいたら話を聞いて「ここを考えてみたら」とヒントを出す。<br />だから、私の言うことを受け入れられなくても平気だし<br />わかりたくない人にまでお節介を焼くつもりもない。<br /><br />でもね。<br />人の言葉に頼って生きている人から見れば<br />どうも、私の言葉は「強制？」と受け取られるらしいので。<br />ていうか、力強い言葉には従わなくちゃという思考が働くみたい。<br />強制したことは一度もないのだけど。 ]]>
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<dc:subject>心</dc:subject>
<dc:date>2009-11-29T14:54:34+09:00</dc:date>
<dc:creator>クーヒナ</dc:creator>
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<title>偽り</title>
<description> 私にとって不思議なことのひとつに「親の会」などで自分の子育てがうまくいっていないにもかかわらず他人に対してアドバイスしようとする人がいることだ。私が、今関わっている「親の会」に行こうと決めたのは実際に有効でないアドバイスを必死でやっている人たちがいることに危機感を覚えたからだ。私は、不登校も軽度発達障害も、自分の子育ても、大筋は見えていて生活の中で実践している。だからこそ、失敗も成功も私の中にある
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<![CDATA[ 私にとって不思議なことのひとつに<br />「親の会」などで<br />自分の子育てがうまくいっていないにもかかわらず<br />他人に対してアドバイスしようとする人がいることだ。<br /><br />私が、今関わっている「親の会」に行こうと決めたのは<br />実際に有効でないアドバイスを必死でやっている人たちがいることに<br />危機感を覚えたからだ。<br /><br />私は、不登校も軽度発達障害も、自分の子育ても、大筋は見えていて<br />生活の中で実践している。<br />だからこそ、失敗も成功も私の中にあるのだし<br />アドバイスも的外れではないと確信している。<br /><br />しかし、自分と子供の関係が「今」うまくいっていないにも関わらず<br />少しばかり知恵がついたからといって<br />悩んでいる人に「教えてあげよう」とする人は後を絶たない。<br /><br />薬の効能を偽って販売すると罪になる。<br />でも、アドバイスが間違っていたからといって、罪になることはない。<br /><br />子育てにおいても。<br />私は、自分が起きられないのに、子供に起きろと強制することはないし<br />片付けられないのに片付けろと毎日叱ったりはしない。<br />起きられる環境を作り、片付けやすい環境を作り、自分も努力する。<br />そして、自分が楽に片付けられるようになったら、その方法を伝授する。<br />できないことを責めたりはしない。<br /><br />自分に偽りたくないし、他人にも偽りたくないのだ。<br /><br />だから、本当に不思議。<br />自分が全くできないことをアドバイスする人の気持ち。<br />できていないことにも気付いていないこと。<br />それほど、他人を見ることに必死なのだなと思う。<br />自分自身を振り返ると、生きていられないぐらい辛いんだろうか。<br /><br />特に多いのは、自らが親にあれこれ言われていた人。<br />そういう人は、必ず、他人にもあれこれ言う人になる。<br />親が正しかったのか間違っていたのかの検証もしない。<br />言われてよかったのか悪かったのかの検証もない。<br />ただ「習慣として」。<br /><br />相手に与える影響を考えないのは<br />自らがどういう影響を与えられたのかを知らないでいたいからなのかもしれない。<br /><br />親の会に飛び込んで、必死で浮ついたアドバイスだけにならないよう<br />できるだけの言葉を尽くしたが、そろそろ終わりかもしれない。<br />偽りの言葉が好きな人たちの中では、どんなにがんばってもだめだから。<br />違う場所に行こうと思う。<br /><br />もし、困っている人がいたら。<br />偽りのアドバイスかどうか知りたければ、アドバイザーの私生活を知ることだ。<br />どんなに「いい言葉」でも、実践できていないことは、結局できないのだから。<br />できないことをまねても、できないよね。<br />振り回されないで欲しい。 ]]>
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<dc:subject>子育て</dc:subject>
<dc:date>2009-11-27T10:10:43+09:00</dc:date>
<dc:creator>クーヒナ</dc:creator>
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<title>心配3</title>
<description> 心配シリーズになってきました。私の友達に、子供が起きなくて、学校へ行きたがらないから心配だ、という人がいます。話を聞いていただけでは、お子さんの機能的なことなのか（低血圧とか、鬱とか）、学校で嫌なことがあるのかぐらいしか想像できませんでした。ところが、先日、その友達の家に遊びに行ったところ、気がつきました。家が散らかっている。家の中に落ち着きがない。定型発達の子供であれ、発達障害の子供であれ、落ち
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<![CDATA[ 心配シリーズになってきました。<br /><br />私の友達に、子供が起きなくて、学校へ行きたがらないから心配だ、という人がいます。<br />話を聞いていただけでは、お子さんの機能的なことなのか（低血圧とか、鬱とか）、学校で嫌なことがあるのかぐらいしか想像できませんでした。<br /><br />ところが、先日、その友達の家に遊びに行ったところ、気がつきました。<br />家が散らかっている。家の中に落ち着きがない。<br /><br />定型発達の子供であれ、発達障害の子供であれ、落ち着かない家で生活するのは大変ですが、<br />特に、こだわりの強い子供たちにとって、だら～っとした空間や時間は難しいんじゃないかしらと<br />思うのです。<br /><br />友達は、支援の仕方には詳しいはずで、例えば「わかりやすい空間を造る」とか「あいまいな言い方は理解できない」とかいう知識はお持ちです。<br />しかしながら、彼女の家の中は、支援とは真逆の空間なのです。<br /><br />支援して欲しいなら、学校に求めるばかりではなくて<br />家の中から行動していったほうが、子供も落ち着くし、支援が受けやすいと思うわけです。<br />どんなに学校で支援をしても、家の中にけじめがなければ、難しいだろうなと思いました。<br /><br />彼女はとてもいい人です。何とか子供を理解しようとしているし、寄り添おうとしている。<br />けれど、自分自身の生活が、一人で保てない感じなのです。<br />おそらく、彼女自身に支援が必要なのでしょう。<br /><br />親がきっちりしすぎていて、子供が窮屈な思いをしているのは論外ですが<br />「誰も見ていないから」散らかっていても平気、だらだらした生活も平気、では、<br />子供が生活リズムを作る機会がありません。<br /><br />子供を心配する前に、自分を心配したほうがいいのです。<br /><br />自分は、散らかっている場所でも起きられるから、子供だって起きれるはずだと思っています。<br />でも、子供はそうじゃないかもしれない。<br />朝、光を入れて、朝日を浴びて、布団を上げて、朝ごはんの香りがしている。<br />そういう生活だったら起きられるのかもしれません。<br /><br />私は、朝が苦手でした。今の家族でも、最後に起きていたぐらいです。<br />でも、子供たちは、朝必ず起こしました。<br />学校へ行かなくてもいい、勉強をしなくてもいい、でも、生活リズムは人間の基本だという<br />気持ちが強いからです。<br />健康を損ねたら、何もできません。<br />健康さえあれば、いつからでも、どこからでも、始められるのです。<br /><br />朝起きて、朝食を食べてくれたら、あとは昼寝しようが、テレビを見ようが自由だよ、という風にやっていると、昼夜逆転もないし、昼間は起きるものだという意識付けができます。<br />親が「夜起きてでも勉強しなさい」って言ってると、「いつまでも寝るような生活がしてみたい」と思うようになり、実行してしまうのでしょう。<br /><br />誰かに何かを制限されなければ、規則正しい生活が送れないのは、いかに管理されて生きてきたかということなんじゃないかと思います。<br /><br />親が、そんな「誰かが制限してくれるから生きていける」人間だから<br />子供にも「制限しなくちゃ」と心配することで制限するのでしょう。<br /><br />親も一人で生きていく練習をしたほうがいいかもしれません。<br />「夫がいるから」「母親が見に来るから」という理由で「ちゃんと生きている」のはちょっと危険かも。<br /><br />誰も見ていなくても、自分はこういう生き方で、こういう生活をしたいんだという気持ち。<br />独立した一個の人間とは、一人でも自分を律することができる人のことではないでしょうか。<br />障害があってもなくても、です。<br /><br />子供のことをあれこれ心配する前に、自分のことを心配してみましょう。 ]]>
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<dc:subject>子育て</dc:subject>
<dc:date>2009-11-25T08:53:10+09:00</dc:date>
<dc:creator>クーヒナ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>心配について２</title>
<description> 余計な心配の話題。我が家の話。夫の母は、人生後半に入ってきた夫＝息子に対して「バイクに乗るな」と命令したそうです。心配だから、だそうです。夫は、私がバイクOKなので堂々と乗っていますがいつもいつも母親が「心配だから」と干渉してくる人生を送っていたために少々人間関係に難ありです。母親が心配しないで済むような人生の選び方をしていたせいで孤独だったようです。私と結婚したことで、彼の人生は自由になりました。
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<![CDATA[ 余計な心配の話題。<br />我が家の話。<br /><br />夫の母は、人生後半に入ってきた夫＝息子に対して<br />「バイクに乗るな」と命令したそうです。<br />心配だから、だそうです。<br /><br />夫は、私がバイクOKなので堂々と乗っていますが<br />いつもいつも母親が「心配だから」と干渉してくる人生を送っていたために<br />少々人間関係に難ありです。<br />母親が心配しないで済むような人生の選び方をしていたせいで<br />孤独だったようです。<br /><br />私と結婚したことで、彼の人生は自由になりました。<br />今でも束縛されているかのような感覚で生きているところが見受けられますが<br />私は無視しています。<br /><br />もうひとつ。<br />夫は10年以上前に育児休暇をとりました。<br />会社で初めてだったので、周囲に衝撃を与えました。<br />そのとき、会社の同僚から私に対して電話がかかってきました。<br />「妻として、夫が出世できないかもしれないのに、心配じゃないのか？」と責める電話でした。<br />夫の実家からも大変責められました。夫の行く末が心配だから、です。<br /><br />夫は出世を望んでいませんでした。今でもそうです。<br />そして、私も夫が育児休暇を取ることは素晴らしいと思いましたし<br />間違ったことをしているとは思わなかったので、そのようなアドバイスには従いませんでした。<br /><br />みなさん、心配されたようです。<br />大丈夫なのか？と。<br /><br />心配するなら応援して欲しかった。心配するぐらいなら、周りを説得するほうに回って欲しかったのです。でも、、心配だからやめろというだけで、誰一人応援してくれませんでした。<br /><br />夫はちゃんと育児休暇を取りました。<br />職場で辛い思いをしたこともあるようです。<br />でも今は、育児の経験があるおかげで、私の気持ちもわかってくれますし、子供の信頼も厚いです。<br />職場では、周囲の人たちを喜ばせる技術も身につけたので<br />重宝されています。<br />育児休暇のことを責める人はもういません。<br /><br />あの心配はいったい、何だったんでしょうね。<br /><br />心配する人は、相手を責めます。<br />自分の言うとおり、おとなしくしてろと命令します。<br />自分の心が乱されたくないんでしょうね。<br /><br />だから。迷惑なのです。心配ってやつは。<br /><br />心配するより、応援しましょう。<br />心配するより、信頼しましょう。<br />心配するより、自由を与えましょう。<br /><br />ずっとずっとその方が嬉しいのですから。 ]]>
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<dc:subject>子育て</dc:subject>
<dc:date>2009-11-24T18:20:09+09:00</dc:date>
<dc:creator>クーヒナ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>感情と事実は別</title>
<description> 私が理解できないことのひとつに「親だから心配する」「親だから怒る」ってのがある。なんで、親だったら許されるわけ？まず「親だから心配する」というもの。大前提として、心配とは、自分の気持ちである、ということを覚えていて欲しい。実は、心配したところで、何も変わらないのである。心配は何も生み出さないのである。「もう心配で心配で」って・・・心配したいあなたがいるだけのこと。心配したければすればいいのだが相手
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<![CDATA[ 私が理解できないことのひとつに<br />「親だから心配する」「親だから怒る」ってのがある。<br />なんで、親だったら許されるわけ？<br /><br />まず「親だから心配する」というもの。<br />大前提として、心配とは、自分の気持ちである、ということを覚えていて欲しい。<br />実は、心配したところで、何も変わらないのである。<br />心配は何も生み出さないのである。<br />「もう心配で心配で」って・・・心配したいあなたがいるだけのこと。<br /><br />心配したければすればいいのだが<br />相手には全く関係のないことである。<br />心配してあげたから愛情を感じて欲しいとか<br />心配してあげたから私のことも心配して欲しいとか<br />それは勝手な言い分に過ぎない。<br /><br />誰もあなたに「心配してくれ」と頼んだ覚えはないのだ。<br /><br />さらに<br />心配する方向が間違っていることが多い。<br />心配しなくちゃいけないのはそっちじゃないやろ？と突っ込みたくなる。<br /><br />つまり、自分が心配したいことだけを心配している。<br />自分の想像の範囲で心配できることを心配しているだけのことなのだ。<br /><br />私は、子供の頃から、親が的を得た心配をしてくれたことがなくて<br />本当にがっかりしたものだ。<br />「女性らしくないから結婚できないのではないか」と心配されていたが<br />見事に適齢期で結婚し、女性らしくないゆえに幸せな結婚生活を送っている。<br />これは、父親が、自分の妻に対する不満を娘に投影した「心配」であった。<br />娘が、ちゃんとした女性であることを認めていないが故の心配だ。<br />そんな心配、いらんし。むしろ失礼だし。<br /><br />「心配している」ものごとは、実は、自分の感情なのである。<br />事実は全く違うかもしれない。<br />事実を素直に認めれば、心配する必要のないコトのほうが多い。<br /><br />「人ごみに出たら、インフルエンザをもらうかもしれない」という心配。<br />事実は、どこに行っても、かかるときはかかる。確率は５０％である。<br />ましてや、そのときの免疫の状態によって違うので<br />人ごみに出たからインフルエンザにかかるという事実はない。<br /><br />しかし、恐れという感情が支配しているため、事実が見えない。<br />見たくない。<br /><br />インフルエンザに罹ってから対処法を考えればいいことだし<br />罹りたくないなら、勝手に家にこもっていればいい。<br />心配しながら人ごみに行くなんてナンセンスである。<br /><br />感情と事実はかけ離れているのだから<br />心配している自分の心をちゃんと見たほうがいいのだ。<br />親だからといって、子供のことをあれこれ心配するのは、他人の生活に土足で踏み込んでいるのと同じである。<br /><br />心配するぐらいなら、原因と対策を考えればいいことだ。<br />間違えたらやり直せばいいことだ。<br />「心配しているからちゃんとしてくれ」と押し付けるのは、本当に失礼なことだと思う。<br />自分の心の弱さを、子供に押し付けているだけだから。<br />子供が失敗したり、恥をかいたりするのに耐えられない自分の弱さだ。<br />つまり、自分だったらかっこ悪いのはいやだよ・・・と思っているだけのこと。<br />何がかっこ悪くて、何がかっこいいことか、それも子供が決めること。<br />親の価値基準が正しいという事実はない。<br /><br />「子供が風邪を引くから」と厚着をさせたとする。<br />そのせいで、汗をかいて、風邪を引いたら<br />親は反省するだろうか。<br />たいていの親は、「あなたの体が弱いからね」とかなんとか、自分が原因だと認めることは一生ないのだ。<br />心配する親ほど、自分の失敗に気がつかない。<br />なぜなら、現実や事実を受け止める力がないからなのだ。<br /><br />子供の素質、性格、何ができて何ができないか。<br />事実を冷静に分析すれば、むやみに心配したり怒ったりする必要はない。<br />そんな労力は別のところで使われるべきである。<br /><br />私は、感情と事実を分ける訓練をして、本当に楽になった。<br />いらいらしたり、怒ったりするのに、どれだけのエネルギーを使っていたことか。<br />時間とエネルギーの無駄遣いをしていた。<br />余った時間とエネルギーは、楽しいことに使えるし、家事能力もUPした。<br /><br />人間味があるということと、感情の垂れ流しは違うのだ。<br /><br />喜びや楽しみは分かち合うが、悲しみや寂しさは一人で耐えるものである。<br />ましてや、自分より小さい人たちに垂れ流すことなど恥ずかしくてできない。<br />友達や夫に「ちょっと聞いて」とお願いして聞いてもらうのがいい。<br />大きな悲しみはカウンセラーにお金を出して聞いてもらう。<br />それが大人の行動である。<br /><br />子育てを困難にしているのは、実は大人が大人になりきれていないからだと思う。<br />子供のせいではない。 ]]>
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<dc:date>2009-11-24T08:28:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>クーヒナ</dc:creator>
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